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じんせいぼんやり放浪記

うつ病で退職した元OLが、日々の気分の記録と、元気になることを目指してぽつぽつ考えたことをかくブログ。

考えても無意味なことを考える

昨夜久しぶりに家族の前でないてしまった。責められたのでもなんでもなく私が勝手に傷ついただけだ。

焦っても何もかわらないのはわかっているし何もすすまないのもわかっている。

しかし人が成功へと近づくのを聞くと「よかったね」よりも先に私は何をしているんだろうがくる。

人が楽しそうなのを見るとやっぱり「よかったね」よりも先になんで私はこんなに苦しい思いをしていたんだろうと思う。

人が大変そうなのを聞くと「私の部署は少なく見積もってもお前の部署より4倍の業務を回さなくちゃいけなかったし、それに赤字のお前の部署は残業代をもらっているのにこっちはもらえずにあんたのボーナスのための金をつくる無料奉仕をして待遇だって半分以下だった」と腹立たしく思う。へらへらしてわかるよ〜なんていってんじゃないと頭をかち割ってやりたくなる。

人の会社の研修や福利厚生を聞くと「お前は研修でお前の人格なんざクズだ、他人になれと言われたことがあるのか、バカみたいに毎回毎回私ばっかりおっさんの酌させられて、自分なんかクズですよってへらへらして受け入れたことあるのか」と憎らしく思う。

そんな自分が心底嫌になる…

もしも働いただけお金が出ていたなら、もしも上司同士の関係がよかったなら、もしも、もしも…とないものねだりをして、もしそうだったら違っていたかもしれないと、何の確証もない、考えても何の意味もないことを思う。

はたらかないとお金が手に入らないのはわかっているのに働くのが正直怖い。私は人間的にダメなのかもしれない、あの職場でなくてもおかしいのかもしれないと思う。やりたいことをやっていてもこれは本当に私がやれることなのか、才能があるのか、わからない。

気分がまたあがったりさがったり、時期の関係もあるのだろうとわかっているけれど、何のために生きているのかわからない。

死に飛び込める程の猛烈なエネルギーがあるわけではないけれど、もう疲れたので生き続けるのをやめたい。

一番楽しい時に、その瞬間死んでおきたかった。