じんせいぼんやり放浪記

うつ病で退職した元OLが、日々の気分の記録と、元気になることを目指してぽつぽつ考えたことをかくブログ。

クズでも私は私が好きかもしれない

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読んで最初に覚えたのは、「息苦しいと感じていた正体はここにあったのかな」という気持ちでした。仕事をしていない人間はダメだ、仕事ができない人間はクズだ、という言葉にずっと縛られて、ここ数年苦しんできました。

実際にそんなひどい言葉を直接的にぶつけられたわけではありません。

大学生で内定がもらえなかった時、「まだ内定がもらえない君に」「絶対卒業までに内定を得る方法」「きっと内定もらえるよ」といった文面や言葉はたくさん入ってきたけれど、「内定もらえなくたって別に生きていけるよ!」という言葉は一回も見なかった。

仕事ができないで苦しんでいた時、もう頑張るためのエネルギーが出てこなくて、「できる仕事術」みたいな本はたくさんあったけれどエネルギーを振り絞るための方法はみつからなかった。「大変でも耐えよう、そういうものだ」「頑張れば誰かが見てくれる、報われる」ということが前提になっていた。

実際は会社では「頑張って結果を出せば誰かが見てくれて、報われる」。過程には何の価値もないとされる。そりゃそうだ、だって会社は過程ではなくて社員の生み出す価値にこそ給料を払っているのだからーー価値のないものに金を払う理由が見当たらない。

でも、社員は感情のない歯車ではなくて人間です。

「頑張れ、頑張らなければ罰を与える、やってみて失敗してもだめだ、もしも成功したら金をやる」と暗に言われ続けて私はおかしくなりました。加えて雑談含め会話が全くない会社で、すべてをメールでやりとりするシステム。メールの一つ一つに怯えては「上司は私のことを嫌いなのだろう」と疑心暗鬼になっていきました。実際私のこと嫌いだったと思うけど…ボーナスの査定のために見て見ぬ振りもされたし…

失敗する(仕事ができない)たびに死へのカウントダウンが近づいていくような気持ちで、「次は失敗しちゃだめだ、でもうまくいく方法がわからない、また失敗、また罰へと近づいていく…」悪循環でした。クリエイティブ系の仕事だから、できないことを相談してどうにかなるものではない。創造できないイコール無価値、早く見切りをつければよかった、少なくともこの分野に於いて私にはまったく才能がない。でも、いつも別のところでは創造力に富んでいるね、と言われるし、そういうところも自分では好きなところだったから、私の頑張りがたりないのだ、失敗しちゃいけない、頑張らなきゃいけない、でも失敗して罰されることを思うともうだめだ……

側から見ていると「早く諦めて、次のことをすればいい」と思われるかもしれませんが、私にはその時それができませんでした。

  • 仕事を投げ出す罪悪感
  • 新卒から育ててもらったのに、何も返せないうちに投げ出す罪悪感

こんな感情が常につきまとっていたからです。

ですが同時に、

  • なんでこんなに苦しいだけのことをしているのか、これを一生続けるのかという疑問
  • 労働時間に見合う手当がなく持ち出しで少ない給料を使って何をしているのかという疑問

この疑問と罪悪感が擦り合わさって、身動きが取れなくなり、私はどうしたいのかわからなくなりました。ここで投げ出すのは「だめ」なことだ。でも、私はこんなことをもうこれ以上したくない…

結局耐えきれずに、投げ出すことになりました。休んでいる間も罪悪感がありました。私が投げ出した仕事はどう後始末をつけられただろう。判断力もめちゃくちゃになりながらやっていて、今思えばひどい状態でした。収拾がついたのか、どうなのか…。

自分のことを、クズだと思いました。

仕事ができなかった。仕事で迷惑をかけた。責任を放り出した。

無価値どころかマイナスのものだと感じました。

でも、休んでいるうちに少し違うところも見えてきたのです。

確かに仕事の場面では私は無価値で迷惑をかけたクズでしたが、仕事以外の場面だったら、価値のある存在かもしれないと気付きました。私が唯一、人に…ちょっとだけ誇れるかもな、と思うのは人に親切にできるところです。けれど仕事で死人になっていた間はそれもあまりできませんでした(家族や友達に苛立ってしまったり…)。

クズかもしれませんが、私は自分のそういうところは好きです。

働いてて、お金があって、でも人に優しくできない自分と…、まだ働けなくて、収入はあまりなくて、でも人に優しくできる自分だったら、後者の方で生きていきたいです。仕事はできないけど親切にできるし、あと下手くそだけど刺繍できるし…。

やさしさではご飯が食べられないと思ってきました。確かに食べられません。でも、お金に換算できるものだけがすべての価値だとは思いません。

今の私は守ろうとしがみついていた「立場」を失ってしまったいわゆる負け犬というやつですが…でも、心は明日やることが決まって怯えていた、働いていたときよりもずっと穏やかです。これから何をするか、なかなか考え付かないのですが、ゆっくり考えてみようと思います。