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じんせいぼんやり放浪記

うつ病で退職した元OLが、日々の気分の記録と、元気になることを目指してぽつぽつ考えたことをかくブログ。

働くということの雑記と現実逃避

生きること・働くこと

「働くにあたって何を重視するべきなのか?」ということを今日家族や友達と話しました。

結論としては「自分がその仕事に価値を見出せるか?」ということが大事なのではないかということになりました。

 

「こんな仕事をやっていて、一体何の価値があるのかな?」と毎日思いながらやっていると、何もかも虚しくなります。頑張ろうにも頑張るためのエネルギーが全く補充されず、からのまま動かすような感じです。

価値がないと考えていることに最低週40時間以上、1日の1/3を持っていかれたら頑張れないなあ。

ですが「その仕事に価値があるかないか」を決めるのは、仕事をしている本人なんですよね。私がしていた仕事もその仕事が好きで使命感を持って取り組んでいる人もいるし、私のように何でこんなことをするんだろう…と絶望しながら取り組んでいる人もいます。

そうなると「意味が見出せない→疲れる→まったく仕事に気合も入らず、仕事のことを考えるのが苦痛→とにかく労働時間が過ぎるのを待つ→そんな自分が嫌に…以下ループ」みたいな事態に陥ります…な、なんと誰も幸せになっていない…時間が無駄すぎる…

 

この状態を「くどくど言い訳をするな、お前は仕事ができないから嫌なんだ」と片付けることは簡単だし、たしかにその部分もあると思います…。

私はボケーとしてて仕事ができなかったので「もし私が超人で今の仕事が無茶苦茶できて何もかも成功したら」という妄想をしたこともあるんですけど、そりゃあ人生楽しかろうと思いました。でも同じように「今の仕事じゃなくて無茶苦茶仕事ができる警察官で何もかも成功したら(特に警察官になりたいと思ったことはない)」的な妄想もしたんですけど、やっぱりそりゃあ人生楽しかろうと思いました。

特になりたいと思ったわけでもない仕事と、今の仕事と、同じ妄想をしてみて同じ結果につながるってことは、私が結局一番悩んでいるのは「仕事ができるできない」ではなくて「仕事が楽しいか楽しくないか」という問題なんじゃないかなと考えるようになりました。

 

「できることを仕事にする」とはいいますが、頑張ることができるのは「できること+自分にとって興味があって、達成感のあること(=価値の見出せること)を仕事にする」ということになるのかなと思っています。

多分人によって「興味」「達成感」の占める部分はまちまちで、ある程度その部分がなくても仕事ができる人もいるし、逆に「興味」「達成感」がないとまったく何も手につかない人もいるんじゃないでしょうか。

 

小さい時は「働く」ということは誰にでもできると思ってたんですが、今はまったくそんなことはなくてとても難しいな…と感じています。

 

ところで最近は脳内で「もしも私がイケメンの若手俳優だったら」という妄想をしています。握手会で話すことまで考えたあたりで無茶苦茶虚しくなれるのでおすすめです。